◾️私らしさってなんだっけ。なにが好きだったんだっけ。― 在宅勤務で気づいた、心がすり減る毎日 ―

「在宅ってラクでいいね」

これよく言われる。

正直、そのたびに少しだけモヤッとする。

出勤のストレス、朝の準備がないのは実際めちゃくちゃ助かる。

が、家にいることで家のMUST業務が次から次へと降ってくるのだ。

家事、保育園の連絡、宅配対応、子どもの呼び出し、「ママ〜」の声。

出社してるときにはなかった、家事・育児から離れられないストレス。

夫は、出社も出張もある。

平日家の中で何が起きているか知らない。

家に帰ってきた時には、朝と変わらず何事もなかった家になっている。

でも2歳児がいる家で、それがいかにすごいかわかるかな。

何も起きていないんじゃない。

私が全部、なかったことにしているだけだ。

そんなことを思っている間に、洗面所から洗濯完了の音が聞こえてくる。

お昼ご飯は昨日夕飯残りを消費していく。

今日子供と夫が昨日と違う献立を食べれるように。そんな気遣いをしてることも知らないだろうが。

さて、夕飯はどうしよう。

お昼休みの間に買い出しに行くか?家にあるもので献立を考えるか?

ああそんなことを考えている間に、洗面所から洗濯完了の催促の音が聞こえてくる。

はいはいいきますよ。今日も私の思考は、家事に中断される。

在宅で仕事をしているとき、仕事のこと“だけ”を考えている時間は、ほとんどない。

「あ、そろそろお肉解凍しておこうかな」

「会議と会議の間で夕飯の野菜切っておこうかな」

「朝ごはんの食器、まだ片付けてなかった」

仕事のアイデアの横に、夕飯の献立が同時に並ぶ。

頭の中は、いつも二重構造だ。

まあ、ひとそれぞれだよね。大変さって。

オフィス勤務も在宅勤務も経験した私的には

在宅勤務の方が圧倒的に「心」が疲れる。

仕事と家庭の境界線がないことが、こんなにも消耗するなんて思わなかった。

そんなことを考えながらまた明日からも同じ毎日を過ごすのだ。

「母」でも「妻」でもない、私の名前で呼ばれる自分は、どこにいるんだろう。

私のアイデンティティが「母」「妻」だけになっていくことが怖い。

そんなことを考えるようになったころ書店で

どう生きるかつらかったときの話をしよう」という野口聡一さんの本が目に入った。

普段あまり本を読まない私だがすぐに手に取って買っていた。

これがまた、刺さりに刺さって。

『生きづらさを感じているということは、「今の状態が自分に合っていない」ということであり、「こうなりたい自分がある」ということでもあります。』

『「自分は何が好きか」「自分には何ができるか」「自分が何を大事にしているか」をしっかり考えておくこと。

自分一人でアイデンティティを築き、他者の評価とは関係なく好きなこと、できること、大事なことを見出し、「自分はこうありたい」といった、向かうべき目標や果たすべきミッションが見つかれば、一時的に他者とのつながりが切られたり、他者から目標や役割、評価などが得られなくなったりしても、自分自身を頼りに、前を向いて歩いていくことができます。
自分が納得して得たものは、誰からも侵食されず、奪われることもないのです。』

目新しいことが書いてあるわけじゃない。

でも、忘れていたことばかりだった。

結婚して、出産して、「こうあるべき」に囚われすぎてアイデンティティを失ってた私にはめちゃくちゃ刺さった。

「自分はこうありたい」は、妻でも母でも持ってていいじゃん。持ってていいんだよな。

むしろ、持っていないと苦しくなるんだ。

妻であり母である前に、私は「私」という人間を大事に生きたい。

そんなふうに思えた日でした。

※文中に出てきた本はこちら。

どう生きるか つらかったときの話をしよう  自分らしく生きていくために必要な22のこと [ 野口聡一 ]
価格:1,540円(税込、送料無料) (2026/2/3時点) 楽天で購入
Posted in

コメントを残す

暮らしの観察日記をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む