優しくしたいのにできない日がある。
自己嫌悪でいっぱいになったとき、思い出す言葉があります。
「お靴はこうね」
「一緒に歯磨きしようね」
「さあ次はお風呂で遊ぼうか!」
優しく声をかけても、強めに言っても返ってくるのは
「やーだーよー」
いつまで機嫌を取り続けなきゃいけないんだろう。
これが母親の役目なんだろうか。
もしそうなら、できない私は母親失格なんだろうか。
そんなことを思ってしまう日がある。
イライラしてしまう自分が怖くなる瞬間。
私は、怒りのコントロールが上手いタイプではない。
カチンときた瞬間、
子どもの声をシャットアウトしてしまうことがある。
無視に近い態度を取ってしまったあと、
いつも自己嫌悪に落ちる。
なぜこんなに苦しいのか。
理由は分かっている。
私の母は、一度怒ると平気で2週間くらい会話を無視する人だった。
いくら無視されても、それでも私は何度も謝り続けていた。
こっちを向いてほしくて。
「お母さん嫌い」と思う気持ちと、それでも母親に愛されたかった気持ちが、ずっと一緒にあった。
話しかけても返事がない。
謝っても無視される。
私の食器だけ、私の服だけ洗われない日もたくさんあった。
あの空気が本当に嫌だった。
だからこそ思う。
私は同じことをしたくなかったのに。
それなのに、気づけば同じような態度を取ってしまっている。
その事実が一番つらい。
そんなとき思い出す一冊がある。
育児本というより、親子の心理を描いた本。
読んだ当時は「重い内容だな」と思っていたのに、
今になって言葉が刺さるようになった。
この本が伝えているのはシンプルなことだった。
子どもは親を基準に世界を理解する
子どもにとって親は、
「世界そのもの」に近い存在。
だから子どもは、
- 親の機嫌を気にする
- 親に必要とされたいと思う
- 親を真似て生き方を学ぶ
無意識にそれをやっている。
良いところも、悪いところも、
丸ごとコピーする。
子どもは親の“矛盾”も受け取ってしまう
本の中で一番印象に残ったのはここ。
親も人間だから、矛盾を抱えている。
怒り、弱さ、未熟さ。
子どもはそれすらも疑わず取り込んでしまう。
矛盾が小さければ問題ない。
でも大きいと、子どもは同じ苦しさを抱えることになる。
しかも本人は気づかないまま。
思春期になってから爆発したり、
体の不調として出たりすることもあるという。
ここを読んだとき、
「怖い」と思った。
遠い話じゃない、と思ったから。
それでも救われた言葉
この本は、親を責めるための本じゃない。
むしろ逆だった。
印象的だったのはこの考え方。
子どもは親を救う存在でもある
子どもはまだ世界を決めつけていない。
善悪を固定していない。
だからこそ、
何度でも笑顔を向けてくる。
親が閉じてしまったものを、
まだ持っている。
その笑顔に、親が救われることもある。
私がこの本に助けられている理由。
正直に言うと、
私はまだイライラする。
完璧にはなれていない。
でも変わったことがある。
「イライラしない母」になろうとするのをやめた。
その代わり、
- 気づいたら戻る
- 無視しそうになったら距離を取る
- 後でちゃんと話す
それだけでもいいと思えるようになった。
この本の中にあった言葉が、
今でも支えになっている。
自分を肯定できれば、子どもを否定することはない。
子どもを肯定できれば、自分を否定することもない。
完璧じゃなくていい。
でも、繰り返さない努力はしたい。
そう思える日は、少しだけ優しくなれる。
イライラしてしまう自分に悩んでいる人へ
もし今、
- 子どもに優しくできない日がある
- 自己嫌悪が止まらない
- 自分の親を思い出して苦しくなる
そんな人がいたら伝えたい。
「ちゃんと悩んでる時点で、大丈夫」
何も感じないより、ずっといい。
私もまだ途中だけど、この本には何度も救われている。
もし同じように悩んでいるなら、きっと刺さると思う。
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