子供を産んでから、ドラマにでてくる「子供」に簡単に流されるようになった。
今季のドラマ『未来のムスコ』もそうだ。
未来と颯太が、どうしようもなく愛おしくて仕方がないのだ。
まだ結婚も出産もしていない未来の前に、突然「未来からきた息子」を名乗る颯太が現れる。
戸惑いながらも、未来は迷いなく彼に愛情を注ぐ。
自分の夢もやりたいことも途中なのに、それでも育児と向き合おうとする姿が、まぶしく見えた。
未来は強いな。
そう思う一方で、私は自分の過去を思い出していた。
私は結婚を機に10年続けていたスポーツの現役生活を引退した。
平日も土日もチームや競技のことを四六時中考えていた私には、「家庭との両立」という選択肢が思いつかなかった。
やりたいことを手放した。
その後に残ったのは、少しの安心と、はっきりしない虚無だった。
子供が産まれてからは、自分の時間はさらに減った。
何かを始めたい気持ちが浮かんでも、母としての役割を考えると、一歩を踏み出せなかった。
『未来のムスコ』を見ながら、私は未来をみているようで、実は自分を見ていたのかもしれない。
颯太が未来を見る、あのまっすぐな瞳。
無条件の信頼と愛情。
それに胸を打たれながら、私はふと考えてしまった。
私はちゃんと自分の子供も目を合わせられているだろうか。
日々の忙しさを理由に、大事なものから目を逸らしていないだろうか。
未来を見て、「育児を言い訳にしているだけなんじゃないか」そんな風に思ってしまった自分もいた。
でも同時に、あの頃の私が弱かったわけじゃないとも思う。
両立できないほど、必死だっただけだ。
自分でいることと、母でいること。
そのどちらかを完全に手放さずに生きることは、不器用な私にとってはやっぱり難しい。
だから私は、こうやってドラマに揺さぶられながら何度も立ち止まって考えているのかもしれない。

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